1974 有馬記念 タニノチカラ この年の有馬記念はタニノチカラ、ハイセイコー、タケホープの三強の争いであるとともに、ハイセイコーとタケホープの引退レースでもありました。
ハイセイコーとタケホープの関係はちょっと前のウオッカとダイワスカーレットのようにどちらが強いかということが競馬ファンを二分しての論争になっていたものです。
前年の有馬記念では、ハイセイコーとタニノチカラが牽制しあううちに逃げるストロングエイトとニットウチドリが、まんまと粘りこんでしまうという番狂わせがあっただけに、この年はどちらも陣営にとっては負けるわけに行かないレースでありました。
ただ、前哨戦といわれた京都大賞典(当時は秋の天皇賞も3200mであったことと、天皇賞には一度勝つと二度と出走できなかったため有馬記念のステップとされていた。)ではマイペースで逃げ切ったタニノチカラの前にハイセイコーはなすすべもなく完敗。
しかし中山が得意のハイセイコーと2500mという距離に自信のタケホープが、引退前の最後のレースとしてタニノチカラの前に立ちはだかったのです。
レースは大方の予想ではトーヨーアサヒという大逃げで有名な馬がいましたので、それがハナに立つと思われていましたが、好スタートを切ったタニノチカラが一気にハナへ。
トーヨーアサヒはハナにもいけず2番手。
ハイセイコーはその後ろにつけタニノチカラに仕掛けるタイミングを待ちます。
快調にマイペースで逃げるタニノチカラの手応えはバツグン。向こう正面でも息を入れるどころか、淡々と同じペースで刻んでいきます。
それを見越してタケホープの嶋田功騎手はいつもよりはやめに仕掛け、3コーナーではもう3頭の争いになる様子。
そして4コーナー。ハイセイコーとタケホープはタニノチカラのぺーsについて行くのが精一杯という感じで増沢騎手と嶋田功騎手の手は動きっぱなし。ムチまではいる始末。
それを尻目に、我がタニノチカラは悠々と直線に向くとラストスパート。
みるみる差を広げ、2,3着争いをするハイセイコーとタケホープを5馬身も置き去りにしてゴールへ。
当時、まだ若かった母親は私と同じくカントリー牧場のファンでしたから、逃げるタニノチカラの姿を不安な気持ちが大きすぎテレビの画面が見れなかったほど。
4コーナー手前で、私の発する「もう勝った!」という言葉で初めて画面を見た母親といっしょに最後の直線では絶叫の嵐。
隣で見ていた祖母はハイセイコーの大ファンでしたので、タケホープに勝ったことで大泣き。
親子三代でこんなに盛り上がったレースは後にも先にもこの有馬記念だけです。
今でも有馬記念の日になると鮮明に思い出される光景です。